権威のある科学者も時には間違える。そんなエピソードを集めてみた。
目次
「神はサイコロを振らない」
アインシュタインは量子力学に否定的だった。物理法則は全て古典的な法則で記述することができると考え、確率で記述される量子力学という学問が信じられなかったようだ。
それを代表する彼の言葉が「神はサイコロを振らない」だ。量子力学が確率で記述されるなら、この世の現象は全て確率という不確定的なもので成り立つことになる。それを神がサイコロを振って物事を決める様子に例えて皮肉った言葉だ。
しかし彼のその発言後も量子力学の勢いは止まらない。量子力学全盛の時代を迎えることになる。あのアインシュタインでも、物理の最先端を担っていく学問を見通すことはできなかったということだ。
(まあ見通すことができなかったというより、彼の信念上受け入れられなかったと言うべきか。)
宇宙定数
アインシュタインが相対性理論の中で提唱したものの1つにアインシュタイン方程式というものがある。
$$R^{μν}-\frac{1}{2}g^{μν}R-λg^{μν}=κT^{μν}$$
左辺が時空を表し、右辺が物質とエネルギーを表している。何か物質を置くと時空が変化するということだ。
この式の中の\(λ\)は宇宙定数と言う。アインシュタインがこの方程式を発表した当初はこの\(λ\)を含む項は存在していなかった。後になって付け足したということだ。
なぜそんなことをしたかというと、アインシュタインは宇宙は定常なものだと信じていたからだ。元々の方程式だと重力の影響で宇宙が縮むことになってしまうので、宇宙を定常なものにするためこの宇宙定数という項を付け加えたらしい。
しかし後にハッブルの観測により宇宙が膨張していることが観測され、宇宙が定常ということは否定されてしまった。アインシュタインは宇宙定数を導入したことを「生涯最大の過ち」と言ったとか。
(この発言の信憑性は微妙なところだ。それに近年の宇宙論では宇宙定数が重要な役割を果たしているらしいので、間違いとは言えないかもしれない。)
「神が左利きだとは思わない」
1940年代にK中間子という素粒子が発見されたが、この粒子はある問題を抱えていた。パリティ対称性を破っていたのである。
パリティ対称性が破れているということは、極端に言い換えると鏡写しの世界では物理法則が異なるということを表す。そんな世界は美しくない。なので当時の物理学者の多くはK中間子が実は2種類の粒子に分けられるがまだ区別する技術が無いとか、未開の理論が関わっていると考えていたようだ。
しかしそんな中、リーとヤンという物理学者ある論文を出す。「弱い相互作用におけるパリティ対称性への疑問」という論文だ。彼らは論文中で「弱い相互作用においてはパリティ対称性が保存されることは確かめられていない」と指摘する。また彼らはコバルトで実験すれば、弱い相互作用においてパリティが保存されているかどうか確かめられるとも指摘した。
彼らの指摘に従い、ウーという物理学者がコバルトで実験を行い、見事にパリティ対称性の破れが観測されることになる。鏡写しの世界で、物理法則は同じではなかったのだ。
当時「パリティ対称性は保存されるはずだ」という意見が主流だったため、当然疑問視する物理学者は多かった。「パウリの排他律」の提唱でノーベル賞を受賞したパウリという物理学者は、その実験結果を「私は神が左利きだとは思わない」と詩的に否定したほどだ。
しかし後に再現実験が行われ、ウーの実験結果が正しかったことが証明される。パウリの言葉を用いると、神は左利きだったということだ。
最後に
科学者の間違いエピソードをいくつか紹介してみた(アインシュタインの宇宙定数のように評価が変わるものも含んで入るが)。
ただ、あえて「間違い」と書いたが、彼らの理論や信念が時代にそぐわなかっただけとも言える。それを間違いと形容するのは違うのかもしれない。
それに、これから理論が予想もしない方向に進み、間違いとされた彼らの評価も変わることもあるかもしれない。