人類はミクロな世界を追い続けてきた。そのモチベーションは何かの役に立てるためという実用的なものではなく、純粋な科学的興味だったことだろう。
今回はそんなミクロな世界の話の限界、「プランク長」についての話をしようと思う。
目次
ミクロな世界はどうやって観測するか
目の分解能は0.1mmと言われている。分解能とは測定の細かさの限界のことだ。人間の目で判別できるのはせいぜい0.1mm程度で、それ以下の構造を調べるには何らかの助けがいる。その代表が光学顕微鏡だ。
小学校のとき理科の授業で顕微鏡を扱ったことは、誰しもの記憶に残っていると思う。あれは顕微鏡の中でも光学顕微鏡といい、分解能の理論値は100nm程度だ。
過去の偉人たちが分解能を数式で表現してくれている。2つの点光源の分解能を\(d\)とすると、以下の式のようになる。
$$d=κ\frac{λ}{N.A.}$$
ここで\(κ\)は比例係数で、\(λ\)は光の波長、\(N.A.\)はレンズの開口数を表している。
開口数とはレンズの分解能を決める指標のことで、\(N.A.=n\sin{θ}\)という式で表せる。\(n\)は物体と対物レンズの間の媒質の屈折率で、\(θ\)は対物レンズに入射する光線の光軸に対する最大角度のことだ(参考:Wikipedia「開口数」)。
分解能を表す式に波長が入ってくるのは少し不思議な気もするが、これは以下のようにイメージできる。
例えば長い波長の波を物体にぶつけたとき、物体はその波に乗ることができる。サーファーみたいなものだ。しかし短い波長の波には乗ることができない。むしろ波が跳ね返されてしまう。
まあつまり、波長が短いと物体に波が跳ね返され、そこに物体があることが確認できるが、波長が長いと物体が波に乗ってしまうので、そこにあることを識別できなくなるということだ。波長以下のものは識別できないと言い換えることもできる。
ここで重要なのは、分解能を波長が決めるということだ。波長を短くすれば短くするほど、上式の分解能の値は小さくなる。つまりより小さなスケールの世界が覗けるようになるということだ。
人間の目に見える可視光線の範囲だと、分解能のは100nm程度になる。これが光学顕微鏡の限界だ。それ以下のスケールの世界を除くには電子顕微鏡が必要になる。
電子顕微鏡とSTM
上でも書いたように、光学顕微鏡の分解能は可視光線の波長によって決まるため、100nm程度になる。例えばインフルエンザウィルスの大きさが100nm程度なので、そのくらいの観察が限界ということだ。
それよりも小さなスケールのものを観察するには電子顕微鏡を用いる。電子顕微鏡では光の代わりに電子を当てている。電子を用いる理由は、電子線の波長が可視光線よりも圧倒的に短いからだ。
電子を加速させる電圧にも依るが、電子線の波長は0.001nm程度になる。この波長だと、理論的に0.1nm程度の分解能を実現できる。
ただ、ここまで分解能を上げても、原子を観察するにはまだ足りない。水素原子の大きさが0.1nm程度なので、もう少し分解能を上げる必要がある。
このレベルのスケールの世界を覗くには走査型トンネル顕微鏡(STM)を使う。STMはトンネル電流を利用することで、物体の表面形状を観察する顕微鏡のことだ。
探針と物体表面の距離が原子1個分異なるだけでトンネル電流の値は大きく異なる。そのトンネル電流の値が常に一定に保たれるように、探針と物体表面の距離を制御することで、物体表面の形状をなぞるというわけだ。STMの分解能は原子レベルと言える。
ようやく分解能が原子レベルまでたどり着いたが、これよりもミクロな構造はどう観察しているのだろうか?
加速器という顕微鏡
上にも書いたように、分解能は波長で決まるので、よりミクロな世界を観測するためには、より短い波長を実現しなければならない。
波長が短いということは、粒子のもつエネルギーが大きいということでもある。例えば光のエネルギー\(E\)と波長\(λ\)は以下の式で表すことができる。
$$E=\frac{hc}{λ}$$
ここで\(h\)はプランク定数、\(c\)は光速を表している。どちらも定数なので、エネルギー\(E\)を上げるほど\(λ\)は小さくなっていく。これは荷電粒子も同じだ。
なのでより短い波長を実現するには、エネルギーを増加させれば良い。手っ取り早いのは粒子を加速させ運動エネルギーを持たせることだ。ということで人類が発明したのが加速器である。
セルンの加速器がちょくちょくニュースにもなるので有名だろう。その全周は26.7kmにも及ぶ。
CERNの加速器(Large Hadron Collider)は、陽子を光速の99.99999%まで加速させることで、1nmの更に1000万分の1の分解能を達成している。電子顕微鏡の実に100万倍の分解能だ。
ここまでくると見えないものなんて無さそうな気がしてくるが、1つの問題が生じる。アインシュタインの提唱した\(E=mc^2\)だ。
\(E=mc^2\)という壁
\(E=mc^2\)は、物体がもつエネルギーは質量に光速の2乗をかけたものと等しくなるという等式だ。アインシュタインが提唱した有名な式なので、多くの人が見たことがあるだろう。
この式が表すとおり、質量とエネルギーは等価であると言える。つまり粒子を加速させてエネルギーを大きくすると、その粒子の質量は増加したように振る舞うということだ。
エネルギーを大きくしていくと、質量が大きくなる。質量は重力を生み、周りのものを引きつけていく。やがては何もかもを飲み込み、光さえそこから脱出できなくなる。ブラックホールの誕生だ。
ブラックホールからは光さえも抜け出せないので、何が起こっているかを観測することはできない。ミクロな世界を見ようとすると粒子のエネルギーを大きくしていくしか無いが、やがてはブラックホールが誕生し何も観測できなくなるという限界があるのだ。
プランク長
上で触れた限界は計算によって求めることができる。実際に求めてみよう。
ブラックホールの半径をシュワルツシルト半径と呼び、以下の式で表すことができる。
$$r=\frac{2Gm}{c^2}・・・(1)$$
ここで\(G\)は万有引力定数だ。一方で波長\(λ\)は以下の式で表すことができる。
$$λ=\frac{h}{mc}$$
定義より\(r=\frac{λ}{π}\)なので
$$r=\frac{h}{πmc}・・・(2)$$
(1),(2)より
$$m=\sqrt{\frac{hc}{2πG}}$$
$$r=2\sqrt{\frac{hG}{c^3}}$$
このとき\(λ=2πl\)となるときの\(l\)をプランク長と言う。\(l=\frac{r}{2}=\sqrt{\frac{hG}{c^3}}\)なので、最終的に
$$l=1.62×10^{-35}$$
となる。これ以下の構造はどうやっても調べることができない。観測の限界という訳だ。
最後に
物理学では観測できないことは無いものとして考える。観測できない以上、考えても無駄だということだ。
プランク長以下の構造はどうあがいても観測することはできない。それは無いことと同義だ。なので物理学者がこの先を考えることはない。
自分も先人よろしく、今回はこれ以上考えるのをやめようと思う。それでは。