物理 素粒子系

鏡の中の世界は物理法則が違う?パリティ対称性の破れ

よくフィクションの世界では、パラレルワールドというものが出てくる。現実世界と並行して存在する別世界という概念だ。

その設定の1つで「鏡の中の世界」というものを見かける。例えば世界観は同じだが、登場人物の性別が全て反転している世界だ。よくある設定の1つとして見かけたことがあると思う。

ただ、そんな「鏡の中の世界」でも絶対に変わらないものがある。それは物理法則だ。

右に進んでいく車を鏡写しにしたらどう進むように見えるか…鏡写しになるのだから左に進んでいるように見えるに決まっている。

しかし、そう思えるのは日常的なスケールの話で、もっとミクロな世界に目をやると「鏡の中の世界」では物理法則が変わっているように見えることがあるらしい。

今日はそんな「パリティ対称性の破れ」について話そうと思う。

 

目次

 

そもそも「パリティ」とは何か

パリティとは「同等であること」を意味する英単語のことだ。

例えば「パリティ変換」という操作をするときに、この言葉が出てくる。パリティ変換とは、座標の符号を反転させる変換のことだ。

なので\((x,y,z)\)という座標を\((-x,-y,-z)\)に反転させる変換はパリティ変換と言える。鏡写しにするような変換のことだ。

つまり、タイトルにある「パリティ対称性の破れ」というのを意訳すると、「鏡写しにすると対称じゃなくなってしまった」ぐらいの意味になる。

 

物理学では素粒子の性質を表すときにこのパリティという言葉を用いる。

素粒子は波動関数によって状態を表すことができるのだが、その波動関数の座標を全て反転すると、波動関数が元のまま保たれる素粒子と、符号が変わる素粒子の2種類が出てくる。

符号が元のままの素粒子をパリティが+と呼び、符号が変わるものをパリティが-と呼ぶ。

 

鏡写しなのに対称じゃない?

普通に考えてみると「鏡写しにすると対称じゃなくなってしまった」なんてことは有り得ないと、すぐ結論付けそうになる。

そんなの鏡を見てみれば分かる。自分が右手を上げると、鏡の中の自分は左手を上げて応答する。これこそ対称と言える動きだ。

それが対称でなくなるとはつまり、自分は右手を上げているのに、鏡の中の自分も右手を上げているという奇妙な状況が生まれ得るということだ。

直感的には到底ありえなさそうだ。オカルトじみてるとも思えてくる。鏡の中の自分が違う動きをしているなんて、ホラー映画のワンシーンでしか見たことがない。

そう思えるのは、私達がマクロな世界で生きているからだ。もっとミクロな世界、原子よりも小さな世界に注目すると、オカルトにさえ思える現象が現れてくる。

 

タウ・シータパズル

ことの発端は1950年代に遡る。当時多くの物理学者が、この世界ではパリティが保存されていると考えていた。現実世界と鏡に映った世界の違いは左右が反転しているのみで、その他は同じように振る舞うはずと考えていたのだ。ただその仮定の下だと、ある中間子に関する現象が説明できなかった。

中間子とは核力を媒介する粒子だ。原子の中心にある原子核は陽子と中性子で構成されているが、電気的に反発するはずの陽子たちが原子核にまとまって存在できているのはこの粒子のおかげだ。

陽子同士はクーロン力により反発しあっているのだが、中性子と陽子の間にはそれを上回る核力という力が働いている。この核力を伝えているのが中間子だ(この場合、正確には\(π/)中間子という)。

この中間子はかの有名な湯川秀樹先生がその存在を予言した。湯川秀樹先生はこの核力を中間子が媒介する様子を「中性子と陽子が中間子を使ってキャッチボールしている」と例えていたようだ。

さて、話を戻す。1947年に中間子の1つであるK中間子が宇宙線の中から発見された。宇宙線とは宇宙空間を飛び交っている放射線のことだ。

このK中間子は崩壊するときにいくつかの\(π\)中間子に分かれるのだが、2つの\(π\)中間子と3つの\(π\)中間子に分かれるものの2パターンがあった。しかし2つに分かれる場合と3つに分かれる場合では、元の中間子のパリティが異ならなければならない。なので、この2パターンの粒子は異なる種類の粒子だろうと考えられた。同じ粒子が2パターンの崩壊をすると考えることは、パリティ対称性の破れを認める、つまりは「鏡に映った世界では物理法則が異なる」ということを認めることになるからだ。

しかし、この2パターンの粒子は質量が全く同じで区別がつかなかった。区別がつかないということは同じであるということと同義だ。ただ、同じだと考えるとパリティ対称性が破れる。この問題はタウ・シータパズルと呼ばれた。

 

リーとヤンの予想とウーの実験

このタウ・シータパズルに対して理論的な予想をしたのがリーとヤンだ(敬称略)。2人は上記の2パターンの粒子を、同じ1つの粒子であると考えた。同種の粒子であってもパリティの異なる2つの崩壊をし得る。パリティ対称性が破れていると予想したのだ。

直感的には鏡に映った世界の物理法則が変わるとは思えない。それをリーとヤンは鏡に映った世界でも物理法則が変わり得ると、常識破りとも言える発想をしたわけだ。

当時の物理学者は鏡に映った世界の物理法則は現実世界と同じだと考えていたし、それが壊れるなんて予想もしていなかった。リーとヤンの予想も、単なる理論だけだったなら批判に晒されたかもしれない。彼らの偉大な所は、この予想を確かめる実験方法についても提唱したところだ。彼らはコバルト60という粒子使って実験をすることでパリティ対称性が破れているかどうかを確認できる、というところまで見出した。

そしてそれを実験で確かめたのがウーという女性物理学者だ。彼女は実際にコバルト60で実験を行った。

実験の内容はこうだ。コバルト60の原子核を崩壊させることで、ニッケル60へと変化させる。このときニッケル60は励起状態というエネルギーの高い状態にあるので、γ線を放出して基底状態となる。このときのγ線の分布の偏りを見ることで、パリティ対称性が破れているかどうかを確かめるというものだ。

実験の結果、核スピンを反転させることで、γ線の分布に偏りができることが分かった。

引用元:Wikipedia「ウーの実験」

鏡に映った世界でも物理法則が同じならば、核スピンを反転させてもγ線の分布に偏りなどできないだろう。つまりこの結果はパリティ対称性が破れていることを証明したわけである。

 

最後に

かくしてパリティ対称性の破れが証明された。これを予想したリーとヤンはノーベル賞を受賞することになる。実験で確かめたウーは受賞していない。これに関しては女性差別ではないか?という意見もあるようだ。

ちなみにウーの実験直後は、この結果に懐疑的な物理学者も多かったようで、パウリの排他原理などで有名なパウリは「私は神が左利きだとは思わない」と言ったそうだ。まあ様々な追試で実験結果が真だと確かめられることになるのだが。

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