よくある話のネタとして、以下のような二択を迫るものがある。
「うんこ味のカレーとカレー味のうんこ、絶対にどちらかを食べなければならないなら、どちらを食べますか?」というもの。
前に友人何人かとこの話をしたことがあるが、全員が「うんこ味のカレーを食べる」とのことだった。いやいやマジか…、自分は迷わずカレー味のうんこを選ぶんだけどな。
友人たちからは非難轟々で考えを全否定されてしまったが、改めて考えてみても、自分の考えが変わる気がしない。
前提条件
まず「カレー味のうんこを食べてもお腹を壊さない」ことだけは、前提としておきたい。
実際の所、うんこを食べたらお腹を壊すと思う。どうなるか調べたらグロいサイトが目に入り、トラウマとなる恐れがあるので調べてはいないのだが。
大腸菌やら何やらの影響でお腹を壊す可能性があるなら、その危険は回避してうんこ味のカレーを選ぶ。そのような危険が無い上での話なら、カレー味のうんこ一択だ。
その上でなぜカレー味のうんこを選ぶか
カレー味のうんこを選ぶ理由だが、あまり汚さを感じないから、というのが理由の大半を占める。
ここで誤解してほしくないのは、自分がスカトロに耐性がある(というか好きな)人間だとか、だらしない衛生感を持っている人間だとか、そういうわけではないということだ。
これについて説明するには、まず自分にとって汚さとはなんだろうかという話をする必要がある。
うんこは汚いと言うが、汚いとはどのようなことを言うのだろうか。なぜ人はうんこを避けるのか。
臭いから、見た目が気持ち悪いから、触れると病気になるから、色々あると思うが、雑にまとめると全て人間に悪影響があるということだ。
大腸菌も乳酸菌も菌というカテゴリなのに、前者が排除されて後者が受け入れられるのは、人間に悪影響があるかどうかという理由だ。人間から見て都合が良いか悪いかで、汚い・汚くないというカテゴリに分けているだけなんだ。
だから、お腹を壊さないという前提の下なら、自分はカレー味のうんこを汚くは感じない。カレー味のうんこを選ぶのは賢明なこととさえ思える。
だって味はカレー味のうんこの方が美味しいんだろう?カレー味なんだし。なら美味しく食べれた方が幸せだろう。
本質ってそこまで大事ですか
自分があまり本質に拘らないことも大きな理由だと思う。
うんこ味のカレーを食べると主張する友人は「本質が大事だからうんこではなくカレーを選ぶ」と言う。でもそこってそんなに大事なのだろうか。
友人には「本質が大事じゃないなら佐藤かよとセックスできるよな?」という反論を受けたが、結論を言うと「できない」。それは佐藤かよの体の所々に男性を感じるからだ。
見た目も機能も女性、でも戸籍上は男性、ってのなら話は別だ。
相手が男性でも見た目も機能も女性で子孫も何らかの方法で残せるってのなら、自分は結婚しても良いと思っている。だってそんなの女性と同じじゃないか。
生まれたときの性別にそこまで拘る必要があるとは思わない。反論してきた友人にとっては、そこが本質で重要なことだとは思うが。
要するに何が言いたいかというと
うんこだろうがカレーだろうがそこはどうでも良くて、美味しい方を食べた方が幸せなんだ。