前回は超弦理論が提唱されるまでの流れについてメインに話したので、今回は超弦理論の中身について語っていく。
↓前回
目次
超弦理論とは
前編で話したように、量子力学では量子を点として扱うため、無限大が頻繁に発生してしまう。20世紀の物理学はこれを「繰り込み」と呼ばれる手法で解決した。
「繰り込み」は計算結果が無限大に発散するのを防ぐ数学的な手法だ。1943年に朝永振一郎がその基礎を作り、この業績によってノーベル物理学賞を受賞することにもなった。
ただ、「繰り込み」は無限大への発散を先送りにする計算手法にすぎない。例えば原子に関する計算で計算結果が無限大に発散したとする。計算結果の辻褄を合わせるなら、発生した無限大をそれよりも更にミクロな構造、例えば陽子やら中性子に丸投げすれば良い。原子にだけ目を向けるならそれで問題は解決をする。
しかしさらにミクロな構造、陽子や中性子について考える場合、再び無限大に直面することになるだろう。なら次はクォークに無限大を丸投げすれば良い。
ただ、この先送りを無限にすることはできない。マトリョーシカに終りがあるように、ミクロな構造が無限に続くことは無いだろう。いずれは別の手法で解決しなければならなくなる。
それに対し超弦理論は、量子を大きさの無い点ではなく弦の振動として表す。次元を持たない点ではなく、1次元の構造を持つ弦として考えるわけだ。そしてその弦の振動の違いが粒子の違いを表していると考える。
「別に弦でなくても良くないか?」と思えるが、超弦理論でないといけない理由があるのだ、物理学の理論の美しさを保つためにも。
超弦理論でなければいけない理由
素粒子の力は大きく分けて2つある。重力とゲージ場だ。この2つに関する理論は20世紀に確立されたが、2つの力が存在しなければならない理由が分かっていなかった。
「存在に理由なんて必要なのか?」と思うかも知れないが、これはけっこう重要なことだ。キリンを例に挙げ説明してみる。
御存知の通りキリンは首の長い動物だ。幼少期にキリンがなぜあのような造形をしているのか疑問に思った人も多いと思う。その疑問に対し「そういう生き物だから」と答えられたら不満ではないだろうか?「たまたまそうなったから」だとか「神がそういう風に作ったから」でも良い。疑問への返しとしては機能するが、それは答えではない。何の理由にもなっていない。
キリンの首が長いのは、首が長いほど高所の食物を得られ生存に有利になるため、自然淘汰の中で首が長いという形質が生き残ったというきちんとした理由がある。キリンという存在は進化論という自然法則によって理由付けされているのだ。
生物を例に挙げたが、これは物理学を研究する者にとっても同じく重要だ。神がなんとなく2つの力を作ったという理解ではなく、自然法則上何かしらの要請があって2つの力が存在しなければならない、と考えるほうがしっくり来る。それに、その方が理論的にも美しい。
超弦理論は重力とゲージ場、両方の存在があって初めて整合性が出てくる。どちらか一方の理論を捨てると数学的に矛盾してしまうのだ。つまり超弦理論は重力とゲージ場、2つの存在理由を説明する理論であるといえる。
超弦理論でなければ説明できないことは他にもある。例えばゲージ場ではゲージ群というものを選ぶ。このゲージ群は経験的に決めていたのだが、超弦理論はゲージ群を2つに決定する。経験則というボヤッとした理由で決まっていたものに、超弦理論は明確な理由を与えたのだ。
このように今まで理由が説明されていなかったものに対し、超弦理論は理由を与え説明できるようにした。キリンの首の長さを進化論が説明したのと同じことだ。
超弦理論は正しいか
以上で説明したように、超弦理論は「相対性理論と量子力学の矛盾を解決する」「それまでの物理理論の必要性を説明できる」理論として組み立てられた。そして、この理論がどうやら正しそうだということが分かったのが、ブラックホールのエントロピー計算だ。
エントロピーはよく乱雑さの指標として用いられるが、情報量の尺度と捉えてもらっても良い。
ブラックホールは御存知の通り、非常に重力が強く光でさえ抜け出せない天体だ。そのため見た目は真っ黒で、中に何が存在するかは確認できないとされるが、実際には原子やらなんやらが存在するはずである。これは中に情報を溜め込んでいるが外からは確認できないとも言い換えられる。溜め込んでいる情報量を明らかにするには計算するしかない。それは情報量の指標であるエントロピーを求めることと同義だ。
しかしそのエントロピーを相対性理論では計算することができなかった。前回説明したように、相対性理論ではアインシュタイン方程式というものを扱う。アインシュタイン方程式に特定の条件を設定してやることで、ブラックホールなんかが解として出てきたりする。要するに宇宙の謎を解く方程式というわけだが、それではブラックホールのエントロピーは分からないらしい。
これが超弦理論では特定のブラックホールについては計算できるようになった。そしてそれが観測値とも合致するということも分かった。超弦理論は相対性理論よりも少し進んだことも計算でき、どうやら正しそうな理論であるらしい。
超弦理論の今後
超弦理論は盛んに研究が行われており、多数の新論が発表されている。しかし、同時に永遠の仮説と言われることもある。この説を検証するためのエネルギー量が膨大になり、人類に扱える範囲を超えていると予想されているからだ。
「なぜエネルギー量が膨大になるか?」と思う人がいるかもしれない。セルンの加速実験について聞いたことが無いだろうか?粒子を加速させて衝突させる実験で、量子などのミクロな構造について調査する実験だ。例えば質量を与えるヒッグス粒子はこの実験によって発見された。
粒子を加速させるには膨大なエネルギーが必要となる。その理由の1つはアインシュタインの提唱した質量とエネルギーの法則で説明できる。
質量とエネルギーの等価性
$$E=mc^2$$
粒子を加速させると運動エネルギーを持つ。それと同時に粒子は重く振る舞うようになる。エネルギーは質量と等価だからだ。重い粒子を加速させるにはより膨大なエネルギーが必要になる。そのようにして1つの粒子を加速させるエネルギーは加速度的に増えていくのだ。
超弦理論を検証するにはとてつもなく微細な構造を調査する必要がある。どうやらその構造を見るには、粒子を光速まで加速させても足りないらしい。光速を超える粒子は…無い。
このように検証が不可能とか言われているようだが、その問題さえいつか物理学が克服することを筆者は期待している。